「私が悪い」と思い続けた日々 〜障がいのある長男を育てて〜①

こんにちは、カウンセリングサービスの澤えい子です。

ブログにお越しくださり、ありがとうございます。

私が心のことを知りたいと思ったきっかけである長男とのことを書かせていただきました。

長くなってしまいますので、3回に分けてみようと思います。

よかったらお読みいただけると嬉しいです。

今から40年近く前のことです。

長男が生後1か月で痙攣発作を起こし、入院することになりました。


入院先は、自宅のある大阪からも実家からも遠く離れた大学病院でした。

知っている人は誰一人おらず、病気への不安と心細さでいっぱいでした。


私は長男を抱きながら、病室のベッドの上で毎日のように泣いていました。

初めての出産で、可愛い長男がやって来てくれた幸せ。


その幸せが一瞬でひっくり返り、まるで地獄に落ちてしまったような気持ちでした。

「どうしてこんなことになったの?」

「私が悪かったの?」

私のお腹で育ち、私が産んだ子なのだから、私のせいなんだ。


健康に産んであげられなかったから、長男にこんなにつらい思いをさせることになってしまった。

私はそんな思いを強く感じていました。

夫は毎週末、大阪から病院まで来てくれていました。


でも、夫に甘えてはいけないという固いブレーキが心の中にあって、弱音を吐くことができませんでした。

「おまえが悪いのに、弱音を吐くだなんて許されると思ってるの?」

そんなふうに、私が私を責め続けていたような気がします。

こうして私は、罪悪感でがちがちに身を固めた人間になっていました。

罪悪感とは、「自分が悪い」「すべて自分のせいだ」と感じる感情です。

そして、「悪い自分は罰を受けなければならない」と思い込んでしまいます。

だから、幸せを受け取ることも、自分が幸せになることを許すことも難しくなってしまうのです。

私は長男の病気がわかった日から、この罪悪感を強く握りしめて生きてきました。

重い障がいのあった長男は、体が大きくなると、バギーという大きなベビーカーのような乗り物で移動していました。

そのため、お出かけをすると少し目立ってしまいます。

大人がじろじろ見ることはあまりありませんでしたが、純粋で好奇心旺盛な子どもたちは、痛いほどまっすぐな視線を長男に向けてきました。

通り過ぎても振り返って見る子どもに腹が立ち、

「見んなや、クソガキ!」

と、心の中で毒づく私がいました。

子どもは、ただ見ただけです。

それなのに私は、「攻撃されている」「バカにされている」と感じ、心の中で攻撃し返しては自己嫌悪になる。

そんなことを繰り返していました。

私はいつも周りを敵だと思い、びくびくしながら生きていたのです。

そんな私に変化が訪れたのは、17年前でした。

ある出来事をきっかけに人間関係で悩み、インターネットで必死に調べ続けた末、カウンセリングサービスにたどり着きました。

カウンセリングを受けたことなど一度もなかったので、申し込むまで半月ほど迷いました。

それでも、誰にも相談できなかった私は、思い切って受けてみることにしました。

そこで言われたのが、

「自己肯定感を高めましょう」

という言葉でした。

当時の私は、自分のことがあまり好きではありませんでした。

自己肯定感がとても低いことも、自分でよくわかっていました。

長男を健康に産んであげられなかったことを責め続け、周りの目ばかり気にして堂々とできない自分を「弱い」と思ってもいました。

そんな自分が嫌で仕方なかったのです。

カウンセラーさんから出された宿題を必死で続けるうちに、

「私は私なりによく頑張ってきたのかもしれない」

そんなふうに思えるようになっていきました。

自分なりの頑張りを認められるようになると、自分のことを少しだけ大切な存在だと思えるようになりました。

すると不思議なことに、長男のことも一人の人間として尊重できるようになった気がしたのです。

重い障がいがあっても、このままの長男でいい。

そう思えた気がしました。

私たちは、ときどき誰かに別の誰かを重ねて見てしまうことがあります。

心理学では、これを「投影」といいます。

年上の女性上司に母親を重ねたり、夫に父親を重ねたり、子どもに自分自身を重ねたりすることもあります。

子どもは、お腹の中で約10か月を母親と一緒に過ごし、生まれてからも長い時間を共にします。

だからこそ、母親は子どもに自分自身を投影してしまうことが少なくないのかもしれません。

私は長男に私自身を投影し、自分の一部のように感じていました。

私が「悪い人間で責められる存在」だと思っていたのと同じように、

「重い障がいがある長男も、きっと周りから責められたり攻撃されたりする存在なんだ」

そんなふうに思い込んでいたことに、ようやく気づいたのです。

このとき、長男は22歳。

私は22年もの間、長男を一人の人間ではなく、自分の一部のように扱ってしまっていたのかもしれません。

そして、その10年後。

32歳の誕生日の朝、長男は突然この世を旅立ちました。

「私が悪い」と思い続けた日々 〜障がいのある長男を育てて〜② に続きます

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