「花丸あげていいんじゃないかな」と思ったこと

こんにちは、カウンセリングサービスの澤えい子です。

ブログにお越しくださり、ありがとうございます。

独身の頃の恋愛を思い出すたび腹立たしく思うことがあるのですが、

その時の気持ちを振り返って気づいたことを書かせていただきました。

読んでいただけたら嬉しいです。

「君は一人でも大丈夫だけど、あの子には僕がついていてあげないとダメなんだ」

昔、私はこの一言でフラれたことがあります。

元カレとの別れ話がまだ終わっていない頃、別の男性から告白されました。

「元カレと別れたら付き合おう」

そんな流れになり、ようやく気持ちを切り替えて新しい恋を始めようと思っていた矢先、彼に呼び出されました。

嬉しくて、満面の笑顔で会いに行った私に返ってきたのが、あの言葉でした。

何が起きたのか理解できないまま彼は去り、一人取り残された私は、

「なんで?」


「私と付き合うんじゃなかったの?」

悔しいのか、悲しいのかもわからないくらい落ち込みました。

同僚だった彼を避け、友人に何度も話を聞いてもらい、「なんてひどい人なの!」と慰めてもらっても、気持ちはなかなかおさまりませんでした。

今思えば、「必要とされなかった」ことが苦しかったのだと思います。

「必要とされなかった」ということは

「私には価値がない」ということ。

そんなふうに感じて、自分で自分を傷つけていたのかもしれません。

私には3歳上の兄がいます。

兄は子どもの頃から真面目で勉強もよくできる人でした。

野山で走り回って遊んでいた私は、そんな兄のようにはなれなくて、

それでも、母に喜んでもらいたくて、

母や兄が苦手なことを

「じゃあ私がやるよ」

と、引き受けたり、

忙しい母の代わりに一人で買い物へ行ったり…。

いつの間にか、「良い子」でいることばかり考えるようになっていました。

その結果、

私は何が好きなのか。

何をしていると幸せなのか。

そんな自分の気持ちが分からなくなっていったのです。

そして、誰かに必要とされたり、喜んでもらったりすることでしか、自分の価値を感じられなくなっていました。

だから、問題が起きるたびに、

「よくわからないけど、私が悪かったのかな」

「私なんて…」

と、自分を責めるのが当たり前のようになっていました。

2年ほど前のことです。

仲の良いママ友が、ご家族のことでとても悩んでいました。

少しでも元気になってほしいと思って、心を込めてメールを送ったのですが、

なかなか返事が来ないことがあって、

「私、何か嫌なことを書いてしまったのかな…」

そんな不安でいっぱいになりました。

そのことを、心理学を一緒に学んでいた友人に相談すると、こんな言葉をかけてもらいました。

「えい子ちゃんが、その人のことを思って心を込めて送ったメールでしょ。

だったら、送った時点で完了だよ。

その人がどう受け取るのかは、その人の問題だよ。

その言葉を聞いた瞬間、目の前の霧が晴れていくようでした。

ママ友は忙しくて返事ができないだけなのかもしれないし、

もしかしたら、何か気に障ったことがあったのかもしれない。

それはわからないけど、

私は私なりにママ友のことを思い、心を込めたメールを送った。

それだけで、その時の私は十分やったんだって認めてあげよう。

そう思えたのです。

友人のその言葉は、今でも私を支え続けてくれています。

今は、仕事でも家族との関係でも友人との関係でも、

「必要とされるため」

「認めてもらうため」

ではなく、

私が伝えたいから伝える。

私が大切に思っていることを届けたいから届ける。

私が笑顔になってほしいと願うから、その気持ちを送る。

そんなふうに、自分の心を大切にしながら行動したいと思っています。

もちろん今でも、

「必要とされたいな」

「認めてもらえたら嬉しいな」

そう思うことはあります。

だって、人間ですから(笑)。

それでも、自分の思いを込めて行動できたなら、その時点で花丸をあげていいんじゃいかな、

今はそんなふうに感じています。

読んでくださった皆さんへ

誰かの反応が気になって、不安になること。

必要とされたい、認めてもらいたいと思うこと。

きっと誰にでもあることだと思います。

そんな時は、「私は私なりに心を込めて伝えた」と、自分に花丸をつけてあげてくださいね。

私もまだまだ実践中です。

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