
こんにちは、カウンセリングサービスの澤えい子です。
ブログにお越しくださり、ありがとうございます。
こちらの記事は、前回の続きとなります。
子どもがまだ長男1人だった頃、夫の実家に帰省した時のことです。
同じように帰省していた義妹家族と蕎麦で有名な近くの観光地に行こうという話が持ち上がりました。
夫と私と長男と揃って出かけられると思って喜んでいたのに、夫は長男を義母に預けて行くと言い出したのです。
なんで長男を除け者にするのかと怒る私に夫は、蕎麦を食べることも出来ない長男を長時間連れ出すほうがかわいそうだと言うのです。
その時偶然立ち寄った叔父が「長男ちゃんも連れて行ってやれ」と言ってくれて一緒に出掛けることができましたが、この日のことは、私の中で、
「夫は長男をどこかへ連れて行くのは大変だから連れて行きたくないんだ」
という長年の思い込みに繋がる出来事となったのです。
でも、「私が苦しまないように」と願うことが夫の愛し方だったとしたら?
頼る人のいない大阪の生活では無理だけど、実家に帰ったときは義母がいるのだから、長男を義母に頼んで気楽に出かけて楽しませてあげたいと思っていたのかもしれない。
そんな風に思えてくると、ブラックリストに載っていた過去の夫との出来事が一つ一つ書き変わっていくような不思議な感覚と共に、
「愛されていた」
という感覚がじわじわと染み込んで、固かった心が柔らかくなっていくのを感じました。
長男を元気に産んであげられなかった罪悪感。
そのフィルターを通して夫を見ていた私は、「責められている」「愛されていない」と感じてしまっていたのかもしれません。
夫さん、あなたから愛されていないと感じた私は、あなたをちゃんと愛することが出来ていなかった。
だって、愛されてもいないのに私だけ愛してるなんて惨めだと感じたから。
私が辛い思いをしないように。
私が苦しまないように。
私がやりたいこと、望むことを叶えるために。
いつもそれを一番に考えてくれていたんだよね。
あなたの愛し方が私の知ってる愛し方とは違ったからずっと気づくことが出来なかったけど、心の世界を学ぶことで、あなたが一生懸命に送ってくれていた愛にやっと気づくことが出来ました。
長い間気づけなくてごめんなさい。
愛してくれてありがとう。
そんな言葉が次から次へと出てきて、手紙を書きながら涙が溢れてきました。
手紙ってすごいな。
亡くなってって17年も経っても、こうやって夫の愛に触れることができたのです。
夫が送ってくれていた愛に気づいて「ありがとう」と受け取りながら、夫はこんなにも私を幸せにしてくれる存在なんだと心が満たされていくのを感じていると、
「今まで気づかんかったんか?」って、呆れてるような、ちょっと嬉しそうな夫の声が聞こえてきたような気がしたんですよね。
天国にいる夫と繋がっているということなのかもしれません。

これを読んでくださったみなさま。
私のように、誰かから愛されていないような気がして自分から愛することを止めているのだとしたら、
あなたの今まで見てきた視点とは違う視点で見てみませんか。
相手の方の言動があなたを愛したいが故のものだったとしたら
と考えてみませんか。
それはあなたが望む愛し方ではないのかもしれません。
でも、あなたがその愛に気づいて感謝と共に受け取ることが出来たら、相手の方がどんなに幸せを感じるのか、想像してみてください。
あなたが相手の方の愛を「ありがとう」と受け取ることが出来たとき、あなたはすでに相手の方に愛を送っているのです。
お互いの愛が循環して心と心が繋がること。
それを「幸せ」と言うのかなと、私は思います。
一人では難しいと感じたときは、私たちカウンセラーを頼ってくださいね。



