「私が悪い」と思い続けた日々 〜障がいのある長男を育てて〜③

こんにちは、カウンセリングサービスの澤えい子です。

ブログにお越しくださり、ありがとうございます。

「私が悪い」と思い続けた日々〜障がいのある長男を育てて〜②

の続きです。

お読みいただけたら嬉しいです。

我が子なんていなければよかった。

そんなふうに思ってしまうことや、我が子を愛せないと感じてしまうことがあります。

そんな自分を、「なんてひどい親なんだ」と責めてしまう人も少なくありません。

でも、本当は、誰もが大切な人を愛したいと思っているのではないでしょうか。

心理学では人は愛したい生き物だと言われます。

でも心が傷ついていたり、怖れや不安に飲み込まれて、愛したくても愛せなくなることがあります。

愛したいのに愛せない。

それが苦しいのです。

そしてそれが苦しいのは、本当は愛でいたいから。

大切な人を愛したいからなんです。

私は亡くなった長男が重度の心身障がいを抱えていたからこそ、完璧に愛したいと思っていました。

でも、それが出来なくて、そんな自分を責めていました。

人間である限り完璧な人なんて存在しないのに、完璧に愛せなかった自分のことが許せないと罪悪感を握りしめていました。

『あなたが罪悪感を感じているとき、あなたが苦しんでいるのは自分のせいではないかと、相手も罪悪感を感じているんですよ』

師匠である平さんが講座で話された言葉を聞いて、雷に撃たれたような衝撃を受けました。

え、嘘でしょ!?

私が長男に罪悪感を感じているとき、長男も私に罪悪感を感じていたっていうこと?

長男は言葉を話すことができません。

「ごめん」も「ありがとう」も聞いたことがありません。

だから、長男がそんなふうに罪悪感を感じているかもしれないなんて、考えたことがなかったのです。

でも、私たちは相手が申し訳なさそうにしていると、その気持ちを感じ取ることがあります。

そして、

「そんなふうに思わせてしまってごめんね」

と自分も申し訳なく思います。

私が長男に罪悪感を感じているとき「それはボクのせい?」と長男が罪悪感を感じていたとしたら、

きっと長男は

「お母さんそんなに苦しまないで」

「幸せでいて」

そう願ってくれていたのではないでしょうか。

そして、その願いは、長男が母親である私を深く愛してくれていたからこその願いだったのかもしれない。

そのことが不意にストンと腑に落ちて、

少し苦くて、でも温かくて、

固く閉ざしていた心が、ゆっくりと溶けていくようでした。

私、長男に愛されていた、

許されていた。

そう思った瞬間、涙が溢れてきました。

 受け取ろう、長男からの愛を受け取ろう。

「長男ちゃん、愛してくれてありがとう」

魂というものがあるのだとしたら、長男はきっと私のことをずっと心配して見守ってくれているような気がします。

そんな長男が喜ぶことは、私が罪悪感を強く握りしめていたその手を緩めて、幸せを選んでいくことなんじゃないのかなと思いました。

行きたいところに行く。

やりたいことをやる。

そんな当たり前の幸せを自分に許そう。

そう思えたとき

「僕がいたときはできなかったこと、お母さんやってな!」

そんなメッセージが聞こえてくるような気がしました。

心理学に出会わなければ、私はずっと自分のことも長男のこともよくわからないままで、

長男の愛に気づけないままだったのかもしれません。

もし今、大切な人が病気や障がいを抱えていたり、

あるいは大切な人との別れの中で、

罪悪感を抱えている方がいらっしゃるなら、

どうか罪悪感を握りしめている手を少しだけ緩めてみてください。

あなたが苦しんでいるとき、

あなたの大切な人もまた、

「自分のせいで苦しませてしまっているのではないか」と感じているのかもしれません。

あなたがその人を愛しているように、その人もまた、あなたのことをを深く愛しています。

どうか、その愛に気づこうとしてみてください。

そして、受け取ってあげてください。

あなたが大切な人からの愛に気づいて、「ありがとう」と感謝して受け取ることは、

「あなたの愛はちゃんと届いてるよ」

「あなたには私をこんなに幸せにしてくれる力があるよ」

そんなメッセージを届けることにもなるのだと、私は思います。

そして、それは旅立った大切な人にとっても、大きな喜びになるのではないかと思うのです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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